ようこそ♪ 『セラピールームくすくす』の覚え書きです。

言葉の選択2
2015-07-27 Mon 13:03

祈りごとをする時、日本語の表現として
「◯◯でありますように」と言いますよね。
これをそのまま心から真剣に言っちゃうと、
天や宇宙には通用しません。

宇宙の基本原則
「本人意思が最優先」

例えば、多くの人が
「世界が平和でありますように」と祈るでしょう。
この文章を丁寧に完成させるとこう。
「私は世界が平和であるようにと願っています」
聞いた方はこう。
「そう願っているんですね。叶うといいですね」
「あなたの願いが叶うよう、私も願っています」

ん〜〜〜、じゃあ、誰がその願いを叶えてくれるんでしょう?
はい、誰もいません。どこにもいません。

日本人は国民的に
「相手の希望を先に読んで、それを上回るサービス」
をするように叩き込まれています。
その中で育つと体験の中で知らずに学び、
人に対してそうするものと身につけていきます。

スマートなサービス、
行き届いたサービス、
きめ細かなサービス。

素晴らしいですよね。

しかし、天や宇宙は成長を促し見守る存在であり、
そのための手伝いならしますが、
意思をくんでの裁量のサービスなぞしないのです。

祈る時はこう。
「世界が平和であるように」

断言したいなら「世界が平和であれ」。

そうすると、
「この人はそういう世界を望んでいるんだ」
と手伝ってくれます。

人と話す時やメールの文章で伝える時などでは、
そのように表現するとマズイ事がありますよね。
例えば、相手の健康を気遣っての言葉。
「早く元気になりますように」
→「早く元気になるように」「元気であれ」

例え、その先に「と祈っています」と付けたところで、
相手によっては目上目線あるいは古めかしい表現。
「アンタ、何様?」になってしまう。

自分できちんとわかっている時は、
便宜として「◯◯でありますように」と使っても大丈夫。
本当に祈る時だけ言葉を変えればいい。
言葉による表現が難しければ、イメージするだけでもいい。
そこら辺は、天や宇宙は柔軟で臨機応変に富んでます。

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言葉の選択
2015-06-01 Mon 13:03

グルグルと巡り続けていた思考や
深い思い込みなどから抜け出た時、
こう表現する人が多いです。
「幸せになりたい」
「人生を変えたい」
「違う自分になりたい」

新しい生き方への第一歩ですね。
ニール・アームストロング氏の
言葉をもじらせていただくと、
「小さな一歩だが、偉大な飛躍である」
誠に喜ばしい事です。

残念ながら、ほとんどはそのままになります。
新しい変化に突入するよりは現状維持の方がラクだから。

無意識にラクな方を選択する。
面白い事に、これは人間に限らず
生物全般に共通してるそうです。

「他に道はない」とそこまで追い込まれた
わずかな人たちが行動を起こし続けます。
勇気を絞り出し、あちこちの壁にぶつかりながら。
一種、サバイバル。
やがて表現が変わります。

「幸せになる」
「人生を変える」
「違う自分になる」

もし、
「幸せになりたいと本気で望んでいるのに、
どれだけ月日が過ぎても何も変わらない」
という人がいれば、
まずは同じ表現に変えてみませんか。
言葉によって意識が変化していきます。

「幸せになりたい」は他力本願、
「幸せになる」は自力で進む意志。

と、今度はお試し(テスト)が起こります。
元の道に戻そうとされるかのような出来事が。
それも何度も時を置いて。
「やっぱり今のままでいいかな」
「自分は決して幸せにはなれないんだ。運命なんだ」

ここに宇宙の法則がかかってきます。
はい、本人意志が最優先。
「今のままでいいんですね」
「幸せになれないのがあなたの運命。。。
という事にするんですね。
わかりました。今後はそのように」

ここで諦めてしまう人もいるし、
「進むしかない」とサバイバルを続ける人もいます。
サバイバーは、やがて別の意識も生じてきます。
「これくらいで負けるものか」
「このくらいで挫けはしない」

宇宙
「本気で幸せに向かうんですね。応援しますよ」

お試しなのか、本当に遮られているのかの違いは、
「元の生き方には戻らない。自分は幸せになるんだ」
と意志を明確に持った時、
スッと開けるかどうかで区別できます。
(こちらもどうぞ 「決定に迷った時」)

「幸せになる」と意志表明しようとした時、
なぜかそれができない事があります。
言葉が虚しい響きを持ってしまう、
言い切るのに何か抵抗を感じる、
口にする事すら妙な感じ、等々。
はい、ブロックの存在です。

その場合は、心理カウンセリングや
前世療法、インナーチャイルドヒーリングをどうぞ。
当ルームでしたら、サラウンドライトになります。

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「すみません」の連発
2015-03-05 Thu 13:03

何かあると、「すみません、すみません」と
謝罪する人がいますよね。
何もなくても「すみません、すみません」。

マイナスオーラ全開なので、
たいていの人は距離を置いてしまう。

気付いていて何とかしたいと思っている人もいるし、
まったく気付いていない人も。

原因はいくつか。
・コンプレックス
・普段からミスが多くて責められやすい、
・「自分はバカだから自分が間違ってるに違いない」
という前提
・相手に対する心理的圧迫感
・とにかく謝っとけば何とかなるという下心
   ・
   ・
   ・

その口癖、ここらで変えてみませんか。

メールなどの文章なら、
落ち着いて見直す時間がありますよね。
本当に謝罪が必要な場合でなければ、
文章内に「すみません」を決して入れない事。
別の言葉に変えてみましょう。
挨拶にならないか、
「ありがとうございます」にならないか。

慣れてくれば大丈夫。
日常でも変換できるようになります。
人間、慣れる生き物ですから。

ある特定のタイプの人物や状況で
どうしても使ってしまうという場合は、
サラウンドライトをご利用ください。

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本当の幸福とは何か
2014-11-06 Thu 13:03

主婦に多い願いに「家族皆が幸せに」というのがあります。
「それだけが私の願いです」と。
「そうなってくれれば、他に言う事はない」と。

具体的にどんな状況かと尋ねると、
「子供達は素直で、よく勉強して運動もできて、
積極的で何も言わなくても宿題をして、
テストで良い点を取って、成績良くて、
お手伝いもすすんでやってくれる。。。」
「夫は健康で立派な社会人で、
家にしっかり給料を入れてくれて、
子供の面倒見が良くて、家事も手伝ってくれて、
それなりの家に住まわせてくれて。。。」

「それだけでいいんです」

それは。。。
「幸福」じゃなくて「希望」または「夢」です。

家族の中心的存在である母親がそう宣言した場合、
たいていの家族は何も意見が言えなくなります。
誰よりも家族の事を想っているのに
愛が支配に変わってしまう不思議。

結果、その「幸福」を真剣に目指すのは
母親だけになってしまいます。

「私がこんなに頑張ってるのに、皆が協力してくれないッ!」
「お母さんだけが頑張っても仕方ないのよッ!?」
虚しさ、イライラ、不満、ストレス。

ここで再確認してみませんか。
あなたの本当の幸福って何でしょう?

自分でわかっていないから、外(他者)に求めてしまう。

もう一つ、確認してみましょう。
夫の幸福って何でしょう?
あなたが考える幸福ではなく、
夫自身が「これが幸せだ」というもの。
子供の幸福は何でしょう?
ついでに子供の夢や希望は何でしょう?
決してあなたの思い込みのものではなく、本当の、です。

「知らない」または
「知ってはいるが、そんなの協力できない」
それとも
「家族の意見なんて関係ない。私が正しいのだから」

「少し、考えてみた」という人、
さらに探求してみて下さい。
あなたにとっての「本当の幸福」とは何なのか。
知らなければ到達できない。
ええ、永久に幸せはやって来ないんです。

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その直感は誰のものか
2014-08-06 Wed 13:03

直感に従って行動すると、
周囲も含めて不思議な幸福現象が起こる。
そういう体験をした人は割と多いと思います。

1.「なぜかふと気になって」知人に連絡を入れると、
向こうも「聞いてもらいたかった事がある」と
ちょうど良いタイミングだった。

2.「なぜかふと気になって」見知らぬ店に入ったら、
そこに自分が欲しかった品物があった。
店主も「今日、たまたま入荷したんですよ。
本来ならウチには置かない品なんですけどね」と
不思議そうに言った。

3.「なぜかふと気になって」
いつもは行かない場所に出かけてみたら、
見知らぬ人が困っているのに遭遇し、
手助けをして喜ばれた。


そもそも、直感とは何でしょう。
それまでの知識や体験、
無意識や深層意識にバラバラに蓄積された小さな情報のかけら、
それらがカチッとはまり形になった時に
「言葉では表現できない意識」が起こり、瞬時に判断を下す。

「刑事の勘」とか「職人の勘」とか、よく言われますよね。
例に挙げた1番もそうです。
普段から直感が鋭い人なら2番もよくあるでしょう。

しかし、そういったものをさらに超えて、
3番のように神がかり的で説明不明なものもあります。

スピリチュアルな生き方を始めた人は、
心の声に従い、自分の本心を大事にする大切さを知る。
そして、今まで無視してきた直感を意識するようになります。
2番や3番のような不思議体験を何度か繰返すと
「直感に従うと、自分だけでなく周囲に良い循環が起こる」
と知り、「自分の直感は正しいのだ」と自信を持ちます。
この行動を続けていくと、大きく2パターンに分かれてきます。
今回は、その時期の方々についてのお話。

A.ある時、ふと混乱が生じ始める。
「この直感は自分の心なのか、自我なのか???」

B.自分の直感に間違いはないという思い込みにはまる。
「誰が何と言おうと、この直感に従うべし。
 自分は正しいのだから」

サイトでも述べていますが、人間はいくつにも分かれます。
心、精神、魂、肉体、エネルギー体、自我、本能、
意識や心理(表層部分、深層部分、無意識、集合意識など)、
過去(前世含む)の精神体やインナーチャイルドなど。

今のあなた 本当にあなたでしょうか」に
エンパシー(共感能力)」なども関係してきます。

ある時、不意にピンと来た直感。
その直感、誰のものでしょうか。
本当にあなた自身のものでしょうか。

Bの人は自分で気付かない限り、ずっとそのままです。
他者には崩せません。
そういう生き方を好んで進んでいます。
自分の見たいものを見て聞きたい事だけを聞く。
つまり、信じたいものだけを信じる。

Aの人、その直感をじっくりゆっくり見つめて下さい。
違いがわかってきます。

区別の仕方は、
「別に直感の通りにしなくてもいい」と考えてみる事。
そう考えた時に「な〜んだ(良かった or つまんない)」
と感じないかどうか。
良かったとホッとした場合は
責任感「そうしなければ」から生じています。
つまんないと感じた場合は
自我(様々な心理や意識を含む)です。

本当の直感と言うのは、例え誰かに止められても
「そうせずにはいられない」ものです。
身体が勝手に動きます。理屈抜き、説明不能。

「この直感に従った方が良いのかどうか」
と迷った場合は、あなた以外の自我です。
それを一つの情報と捉えて、
どのように判断し行動するかは自分で決定しなければなりません。
できれば自我の出所を突止めて、そちらも対処しましょう。

変動期には、
『それまでは必要だったが今は不要になった自我』
がいくつも出てきます。
いくつかの昇華や浄化が起こると、
「次は私を助けてほしい」と
前世の精神体やインナーチャイルドが出現する事もあります。
この時、彼らの思考や感情を自分のものと間違えてしまうんですね。
気付いて次々に自分の内部を整理していきましょう。

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「決定」に迷った時
2014-06-07 Sat 13:03

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大きな変動期を過ぎた人達が
新しい人生を始めるために動き出そうとした時、
その「決定」に大きく迷う事があります。

右に行くか、左に行くか。

☆第1のケース

散々に手痛い目に遭ってきたため、
「絶対に失敗したくない、いや、失敗はできない」
という心理に囚われています。
行動的だった頃のあなたなら、思い切って決断し、
例えそれが失敗に終わったとしても
「自分で決めた事だから」と納得できた。
なのに今、迷いに迷って進めない。

過去のブロックが原因です。
何を迷っているのか、なぜ迷うのか。
以前に似たような人生があり、
多くを失ったり命すら失ったり。
加えて、子供時代に周囲に手ひどく叩かれ、
自立心や勇気、判断力や行動力といったものを
削がれてしまった。
今、似た状況に陥り、深層意識で
それらの当時の記憶に強くリンクしてるんですね。
「失敗すれば後がない」

これは、足を引っぱるために起こっているのではなく、
そのブロックを昇華するチャンスとして起こっています。
どこかで不安や恐怖などを感じて前に進めない時、
積極的に様々なセッションをご検討ください。
ブロックを昇華して落ち着けば、
ふっと「こうすればいいんじゃない?」と
突然に判断がスキッとし、行動力も出てきます。


☆第2のケース

1とは別に「なぜか、その気になれない」
という場合もあります。
「そんな事を言ってる場合じゃない。
 進まなくっちゃ。やらなくっちゃ」
「した方がいいに決まっている。わかっているのに。
 どうして自分はこんなグズなんだろう」

この場合は「今は時期ではない」と思って下さい。
あなたの直感がそう告げているんですね。
「いつかする事になるだろう」と思われたら、
その下準備だけ済ませておけばいい。
実際にやる時がきたら、それを土台にまた準備を始めればいい。

1との区別は、「今じゃないんだ」と思った時に
すんなり納得するか否かです。


☆第3のケース

すべての準備が揃っていて、
あとは決心するだけだという時。
その決心がつかない。

この場合、「真の道は別にある」です。

1や2との区別は、
「うまくいかない事ばかり」だったり
「次々に、まるでジャマされているかのように先が閉ざされる」
だったりします。
「どうして、そこでそういう問題がまた出てくるの?」
しまいには「何かがおかしい。何かが変だ」
と、はっきり感じるでしょう。
こういう時は、いったん手を引いてみましょう。
「今を逃したらもう時期はない」と焦りがあれば、
なおの事「縁がなかったんだ」とあきらめましょう。
以前のあなたなら、同様に潔く判断したはず。

   ☆  ☆  ☆

大きな変動期を過ぎても、
まだ自分自身の変化が済んではいないんです。
つまり、あなた自体の変動が継続している。
半年後にはまったく違う事を希望するかもしれない。
好みや理想がゴロッと変化するかもしれない。
自分を理屈でごまかしたり自分にウソをついたりして
ムリに突き進んでも、その先、うまくいくはずがありません。
タイミングを見計らい、
「何かが変だ」と思えば手を引きましょう。
恐れや不安に追われる時は
必要だと思うセッションを受けてスッキリしてみましょう。
当ルームでしたら、1はサラウンドライト、
2はインフュージョン、
3はインフュージョンかサラウンドライトでどうぞ。

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「視える・聴こえる」は特別な事?
2014-02-27 Thu 13:03

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今回の話の対象者は「視える・聴こえる」で悩んでいる方々です。

当ルームでは能力のレベルアップをおすすめしています。
運転技術のようなもの。
技術は質が高ければ高いほどいい。

しかし、ほとんどの方は強い抵抗を示します。
「そんな人生、イヤだ」
「こんな力なんていらない」
「今でさえしんどいのに、これ以上アップさせてどうするんだ」

この抵抗は実は過去(前世を含む)のブロックです。
このブロックの整理だけでもすればラクになるんですが、
それすらも着手しようとはしない。
すべてをなかった事にして封じ込めてしまう。

この話、別方面から見るとこうなります。

1.「頭の中に次々に聞いた事のない音楽が湧いてくるんだ。
どうしたらいい?」
それを作曲と言うんですよ。才能ですよ。

2.「音楽を聞くと、なぜか身体が動きだしそうになる。
小さい頃からずっと耐えています」
ダンスですね。あなたの身体は踊りたがってるんですね。

3.「白いキャンパスに向かって絵筆を握りたくなる。
でも、何を描いたらいいのかわからないんだ」
好きなように描いてみれば???

はい、本人さんの必死な訴えとは逆に、
コメディにしかならないんですよ。
だって、まったく特別な事じゃないからです。

「私には視える」「私には聴こえる」
これも、別方面からみるとこう。
「私、ピアノが弾けるんです」「私、ケーキが焼けるんです」

それを
「本当なんです。信じないかもしれませんが本当の事なんです」
「人とは違う事が本当に辛いんです」
とか、言われましても。

さて、当人さん方に質問です。
もし、誰かに例1〜3のように相談されたらどうします?
「キャンパスを隠し、筆を折れ」と言いますか。
「周囲から音楽を消せ、身体を縛っておけ」
それとも「病院に行って薬をもらえ」
あるいは「気味が悪い。そんな話、二度としないで!」

実は、あなた方には過去(子供時代)に
そう言われた事があるんですよ。

あるいは、
1.「私の作った曲、どう?」と親に聞いたら
「すっごく変。恥ずかしいから他の人には聞かせないでね」
と、真顔で言われた。
2.創作ダンスを友達に披露したら、
「ナマイキ」「何カッコつけてんの」と攻撃された。
3.保育園で4歳の頃、自由に絵を描いて先生に見せたら、
「世の中にそんな絵は存在しない」と否定された。

さて、また質問です。
相談者に「こんな過去がある」と知ったら、
皆さんはどうします?

なぐさめる? それとも、
「傷つくだけなんだから、もうやめておきなよ」
と言う?

おそらく、たいていの人はなぐさめて応援するでしょう。
「そんなの、気にする事ない」
「もっとうまくなって、びっくりさせてやれ」
「皆、どうかしてる。アンタは悪くない」

しかし、相手はこう言う。
「もう二度とあんな思いはしたくない!」

実際には、そうした記憶がない人の方が多いでしょう。
で、あなた方の深層意識が叫ぶんです。
「あんな事、2度とイヤだ!」

こうした事は現世だけでなく、前世でもいくつかあります。
そう、その能力を持ったのが本当のあなただから。

運転技術が未熟なまま車を操作する、
その危険性は容易に想像できると思います。
他人を傷つける事だってある。

ガイドブック「視る・聴く」のお申込、お待ちしています。

過去のブロックを整理したい方はサラウンドライトをどうぞ。

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物を片付ける
2013-12-02 Mon 13:03

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変動期に突入し、それから少し落ち着かれた人は、
それまでの慌ただしい中の物品が
乱雑に溜まり込んだ事に気付きながら、
片付けようにもどこからどう手をつけていいかわからない、
そんな状態になります。
今回の話は、その時期の方達に向けて。

これまでの人生の物品が入り混じり、
さらに人生が変わった事で新しく物が増えていく。
まだ使える、他に誰か使う人がいるかも、
リサイクルできるかも、
ネットオークションに出せるかも、
「今」のゴミ出し方法ってどうなってたっけ?

一つ目のポイント。
『片付けたくなる時が必ず来る』。
それまでは片付けなんぞ後回しで、
他の事に時間を使って下さい。
ぼーっとしたり、趣味事に没頭したり、寝続けたり。
肉体も頭も酷使しすぎて、余裕がない状態なんです。
「片付けねば、やらねば」はサラッと流しましょう。
数年かかったって、たいした事じゃありません。
必ず、時期が来ます。

心身に余裕が出てきた頃。。。
イメージして下さい。二つ目のポイントです。
「災害や火事ですべてを失った」と。
その時、一から物を集め始めますよね。
本当に必要な物から。
落ち着ける場所、茶碗、箸、コップ、お茶、
洗面道具、タオル、トイレットペーパー。
少し経つと、衣服、冷暖房、照明、洗濯機などの家電。
日を追って、どんどんイメージしていきます。
食器棚、タンス、カーテン、食卓。。。
基本が整ったら、はい、ここからが重要です。
「これ、また同じ物を買い直すだろうか?」

いいや、絶対に同じ物は買わない。
買うとしても違う物にするだろう。
そう思ったらサヨナラしましょう。

「人様にいただいた物だから」
どんなに大事にしていても
使用していればいつかは処分するほどに
ボロになってしまいます。
「充分に使った(お気持ちをいただいた)」と
有難く感謝してサヨナラしましょう。

最初はボールペン1本でもいいんです。
Tシャツ1枚でもいい。
「あ、これ、もう絶対に使わない」
そう思った物からポイします。
ここ、三つ目のポイントです。
捨てるのは1個でもいい。

「片付けたくなる時期」は何度もやってきます。
始まったら、そのまま波に乗って下さい。
デスクの引き出し一つでもいい、
靴箱の一段だけでもいい。

物が一つなくなった状態に慣れると、
「次に捨てる物」が見えてきます。
捨てる事を何度か繰返すと、
「捨てる」という行為に慣れていき、
やがて快感に変化します。
「他に捨てる物はない?完全に不要って物はない?」

まだ使えると思っていた物が
すでにボロボロである事に気付いたり、
なんでこんな物を大事にしていたんだろうと謎に思ったり。

部屋(家)の中の状態は、
エネルギー体の状態を反映します。
自分で一つ一つ向き合って整理するのは、
自己ヒーリングと同じ。
物品には当時の思考や思い出が染み付いています。
そうとわかろうがわかるまいが。
物を捨てるというのは、過去の自分とサヨナラする事。

だから、ムリにしなくていい。
自分で納得した時でいい。

「これ、完全にいらない」
そう思った物からサヨナラしていきましょう。
一つ処分したら「一つ整理したぞ」と
自分の行動を認め、評価しましょう。

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